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『花燃ゆ』の舞台『山口県』で志士を巡る旅【2日目】前編

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2015年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』の舞台である長州(現:山口県)を2泊3日で旅行した時の記録です。

【1日目】の続きです。

 

野山獄と岩倉獄

まずは泊まった旅館から徒歩ですぐの野山獄岩倉獄跡へ。

士分の者を収容する上牢を野山獄、庶民を収容する下牢を岩倉獄とした。

出典:萩市観光協会「ぶらり萩あるき」

 

吉田松陰は海外へ密航しようとして従者の金子重之助とともに幕府に捕まり、士分の松陰は野山獄、庶民の金子は岩倉獄に投じられました。

松陰は、そこで仲間の囚人たちに孟子の講義をするとともに自らも俳諧や書を学びました。また獄吏でさえも廊下で松陰の講義に耳を傾けたといわれており、前例のない教育活動を行いました。

出典:萩市観光協会「ぶらり萩あるき」

 

野山獄は各部屋の出入りが自由、書物、食べ物などの差し入れも自由、拷問もない、と比較的自由な環境だったようです。

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野山獄跡で何かを感じたのか、ボウルを手にひたすらうろつく長男。

一方、道を挟んで反対側に位置する岩倉獄は劣悪な環境だった為、金子は獄死してしまいます。
安政2年(1855年)1月11日、病没。享年24。

 

野山獄岩倉獄

住所:山口県萩市今古萩町
駐車場:なし

 

松陰神社

一旦旅館に戻ってチェックアウトし、車で数分の所にある松陰神社へ。
神社内には松下村塾があります。

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神社内にある明治維新胎動の地と書かれた石碑の前で、胎動を感じ?ボウルを持ってポージングする長男。

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松陰辞世の句『親思う心にまさる親心 今日のおとづれ何と聞くらん』。
安政の大獄で処刑される前に読んだ句です。

安政の大獄(あんせいのたいごく)は、安政5年(1858年)から安政6年(1859年)にかけて、江戸幕府が行なった弾圧である。

 出典:安政の大獄 - Wikipedia

 

意訳すると以下のようになります。
子供が親より先に死ぬのは一番の親不幸である、そのとおりですね。

子が親を思う以上に、親が子を思う気持ちは強いものだ。今日のこの報せを聞いた親は、なんと思うだろうか。

出典:【花燃ゆ】吉田松陰(寅次郎)死刑に その時残した辞世の句とその意味 | ロケTV

 

松陰神社

住所:山口県萩市椿東1537
TEL:0838-22-4643
駐車場:約120台

 

吉田松陰の墓と玉木文之進旧宅へ

松陰神社を後にし、萩郊外にある吉田松陰の墓へ。

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墓の側にある吉田松陰像、隣は従者の金子重之助です。

そして、松陰の叔父(松陰の父『杉百合之助』の末弟)、玉木文之進旧宅へ。

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玉木文之進はこの旧宅を利用して松下村塾を開きました。

松下村塾は松陰先生が開かれた塾と思われがちですが、これは事実ではありません。 松下村塾は先生の叔父、玉木文之進が天保13年(1842)、現在も遺る史跡「玉木文之進旧宅」で開いた私塾に「松下村塾」と名付けたのが始まりです

出典:松陰神社|松陰先生と松下村塾

松陰は松下村塾の名を、別の場所(自宅)で開いた私塾に引き継ぎました。
文之進は超スパルタで松陰を教育し、後に乃木希典も教育しました。

幼少期の松陰を厳しく教育した。また親戚の乃木希典も玉木の教育を受けている。

出典:玉木文之進 - Wikipedia

 

文之進は萩の乱に養子や門弟が多く参加してしまった事に責任を感じて、明治9年(1876年)11月6日に自害。享年67。

萩の乱(はぎのらん)は、1876年(明治9)に山口県萩で起こった明治政府に対する士族反乱の一つである。

出典:萩の乱 - Wikipedia

 

文之進は、先祖の墓前で切腹したのですが、その時介錯したのが松陰の妹である千代でした。
世に棲む日日』には、千代がその時の生々しい様子を語った内容が書かれています。

この日、叔父は私をよび、自分は申しわけないから先祖の墓前で切腹する。

ついては介錯をたのむ、と申されました。

私もかねて叔父の気性を知っていますから、おとめもせず、御約束のとおり、午後の三時ごろ、山の上の先祖のお墓へ参りました。

私はちょうど四十でありました。

わらじをはき、すそをはしょって後にまわり、介錯をしました。

その時は気が張っておりましたから、涙も出ませんでした。

介錯をしたあとは、夢のようでありました。

出典:世に棲む日日

 

玉木文之進旧宅にいたボランティアのおばあちゃんに飛行機のポーズを自慢げに見せる長男。
ボウルは絶対に手放しません。
おばあちゃん、長男にお付き合いいただきありがとうございます。

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吉田松陰の墓

住所:山口県萩市大字椿東
駐車場:なし(最寄の駐車場へ)

 

玉木文之進旧宅

住所:山口県萩市椿東1584-1
料金:無料
営業時間:9:00~17:00
休日:年中無休
駐車場:あり

 

この後、車を走らせて下関へ向かいます。

【2日目】後編に続きます。

[補足]

1)この旅行記は2008年当時の情報ですので現在と異なる情報があるかもしれません。

2)約7年前に別のブログで同じような写真/内容の記事を書いていますが、この記事は別ブログのリライト記事です。