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『花燃ゆ』の舞台『山口県』で志士を巡る旅【3日目】

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2015年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』の舞台である長州(現:山口県)を2泊3日で旅行した時の記録です。

【2日目】後編の続きです。

 

功山寺

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高杉晋作ファンにはたまらない場所功山寺にやってきました。
当時、長州藩は正義派(改革派)と俗論派(保守派)が内部抗争を繰り返していました。
正義派には、高杉晋作、吉田松陰久坂玄瑞桂小五郎伊藤博文
ど、幕末ファンにはおなじみのメンバーがいました。
幕府を倒すなんてとんでもない!幕府にひたすら恭順しないと長州藩は滅んでしまうよ、という事で俗論派が頑張り、結果的に政権を握って正義派の人々を粛清していきます。
そんな危機的状況の中、晋作はここ功山寺で、伊藤率いる力士隊(お相撲さんばかりを集めた隊)などと僅か80数名で命知らずの決起をします。
力士隊が気になります。写真残っていないかなぁ。

元治元年12月15日(1865年1月12日)に高杉晋作が長州藩俗論派打倒のために功山寺(下関市長府)で起こしたクーデター。

 出典:功山寺挙兵 - Wikipedia

 

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功山寺内の『五卿潜居の間』。
後に明治政府の首班となる三条実美を含む五卿(5人の公家)をここにかくまっていたのですが、決起のため死を覚悟した晋作は、五卿の前で『今こそ長州男児の肝っ玉をご覧に入れます』と出陣します。
この場面、メチャクチャかっこよくて、男でも思わず惚れてしまいます。

 

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途中、義勇兵や奇兵隊なども加わって勢力を拡大し、最終的に俗論派を破ってこの命知らずのクーデターは成功し、藩論を倒幕に統一させました。
ちなみに、このクーデターがなければ明治維新は数十年遅れていたかもしれないと言われています。
功山寺にいた紙芝居のおばちゃん、名調子で面白かったです。

功山寺

住所:山口県下関市長府川端1丁目2-3
TEL:083-245-0258
駐車場:18台

 

みもすそ川公園

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功山寺を後にし、みもすそ川公園にやってきました。
ここには、源平の壇ノ浦の戦いを表した像や、幕末に長州藩が外国船に砲撃した砲台跡(レプリカ)があります。
100円を投入すると大砲の音が鳴り響きます。
長男は音にビックリして泣きました。

 

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長州藩は、攘夷の一環で下関海峡を通る外国船をこの砲台群で無差別攻撃しました。
この間まで鎖国していたとはいえ、無知って怖いですね。

幕末期に広まった考えで、夷人(外国人)をしりぞける。つまり外国人を実力行使で排斥しようという思想。

出典:攘夷論 - Wikipedia

 

当然、自国の船を砲撃されたアメリカ、イギリス、オランダ、フランスは連合艦隊を結成し、長州藩に報復します。
当時、日本と欧米は技術格差が違い過ぎます。
もちろんボッコボコにやられてしまいました。

戦後、監禁されていた晋作をわざわざ引き出し、講和使節として全権を任します。
晋作は当時24歳。
よほどの人物だったんでしょうね。

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みもすそ川公園

住所:山口県下関市みもすそ川町1
TEL:083-231-1350
駐車場:道路向かい側の『関門トンネル下関人道入口』駐車場へ

 

まるで修学旅行のような3日間の旅行中、当時2歳の長男が遊べる場所には全く行きませんでしたが、ボウルを持つ姿が珍しかったのか、行く先々で色々な人に声をかけられ、長男はまんざらでもなさそうな顔をしていました。

[補足]

1)この旅行記は2008年当時の情報ですので現在と異なる情報があるかもしれません。

2)約7年前に別のブログで同じような写真/内容の記事を書いていますが、この記事は別ブログのリライト記事です。